2025/04/08 (TUE)プレスリリース

幼児教育の拡充が少年期の非行と10代の妊娠を抑制
1960年代の幼児教育改革がもたらした長期的影響を検証

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

東京大学大学院経済学研究科の山口慎太郎教授と、立教大学経済学部の安藤道人教授、専修大学経済学部の森啓明准教授らによる研究グループは、1960年代の日本における幼児教育の拡充が、成長後の少年の暴力犯罪や10代の妊娠を減少させたことを明らかにしました。

発表のポイント

幼児教育は子どもの長期的な発達に寄与

  • 1960年代の日本における幼児教育の拡充が、少年の暴力犯罪の減少や10代の妊娠率の低下につながったことを明らかにしました。
  • 幼児教育の短期的な効果はこれまでに検証されてきましたが、本研究は日本における幼児教育の長期的な影響、特に少年期の行動への効果を新たに実証しました。
  • 少子化対策として進められている子ども?子育て支援政策が、将来的に社会全体の安全や福祉の向上につながる可能性を示しました。

概要

本研究では、1960年代に日本全国で進められた就学前教育の拡充を対象に、幼稚園通園率が大幅に上昇した県と、変化が小さかった県を比較することで、幼児教育の長期的な影響を統計的に明らかにしました。その結果、幼児教育の拡充によって、成長後の少年の暴力犯罪が減少し、10代での妊娠率も低下することが確認されました(図1)。

これまでの研究では、幼児教育の短期的な効果が主に検証されてきましたが、本研究は日本における長期的な社会的影響、特に行動面への影響を明らかにした点で新規性があります。この研究成果は、現在進められている子ども?子育て支援の政策議論が、将来的に社会全体の安全や福祉の向上につながる可能性を示唆し、教育政策の設計に役立つことが期待されます。

図1:幼児教育の拡充による少年犯罪の減少と10代妊娠率の低下

1964~1970年度に実施された幼児教育の拡充の影響は、対象者が14歳に達する1974年頃から顕在化し、その後も持続しました。幼稚園通園率が大幅に上昇した県(青線)は、影響が小さかった県(緑線)と比べて、もともと少年犯罪率が高かったものの、時間の経過とともに両者の差が縮小し、1985年以降にはほぼ同水準となっています。また、幼稚園通園率が大幅に上昇した県(青線)では、影響が小さかった県(緑線)に比べて、もともと10代妊娠率は同程度でしたが、1980年以降に差が拡大し、影響が小さかった県で10代妊娠率が急上昇したのに対し、影響が大きかった県では相対的に低い水準が維持されました。これらは、幼児教育の拡充が長期的に少年犯罪の抑制と10代の妊娠率の低下に寄与した可能性を示唆しています。

※令和7年4月10日 図1説明文を修正(修正前)1960~1966年(修正後)1964~1970年度

発表内容

研究の背景と目的

幼児教育が子どもの認知能力や社会性の発達を促すことは広く認識されていますが、その長期的な影響や行動面への効果については十分に明らかになっていません。本研究では、1960年代の日本で実施された幼児教育の拡充が、成長後の子どもの行動に与えた影響を統計的に検証しました。

特に、少年期の暴力犯罪と10代の妊娠に注目しました。少年犯罪は社会に大きな負担をもたらし、加害者?被害者双方の人生に深刻な影響を与えます。また、10代の妊娠は必ずしも否定的なものではありませんが、教育機会の損失や経済的困難を伴うことが多く、母親と子どもの将来に不利な影響を及ぼす可能性があります。特に、高等教育の機会減少や安定した雇用へのアクセスの難しさが、長期的な経済的?社会的リスクとして指摘されています。

このような観点から、幼児教育の拡充が暴力犯罪や10代の妊娠といった社会問題にどのような影響を与えるのかを明らかにすることは、幼児教育の社会的意義を理解する上で重要です。

研究の方法

本研究では、1960年代の日本で実施された幼児教育の拡充を分析しました。この時期、日本政府は就学前教育を推進し、多くの地域で幼稚園通園率が大幅に上昇しました。しかし、政策の影響には地域差があり、通園率が大きく上昇した県もあれば、ほとんど変化しなかった県もありました。本研究では、この地域差を活用し、幼児教育の長期的な影響を統計的に分析しました。

主要な結果

分析の結果、幼児教育の拡充が少年期の暴力犯罪の減少に寄与していることが確認されました。また、10代の妊娠率についても、幼稚園通園率の上昇とともに低下することが明らかになりました。具体的には、幼児教育の拡充により、少年の暴力犯罪率が約34%減少し、10代の妊娠率が約17%低下しました。これらの効果は統計的に有意であり、幼児教育が学力向上にとどまらず、成長後の行動にも影響を与えることを示唆しています。

考察と解釈

この影響の背景として、幼児教育が非認知能力(注1)の向上に寄与した可能性があります。過去に東京大学の山口教授らが行った研究では、日本の保育所への通園が子どもの多動性や攻撃性を減少させることが明らかにされています。本研究の結果もこれと一致しており、幼児教育が衝動的な行動や問題行動を抑制する要因となりうることを示唆しています。

また、1960年代の日本では母親の教育水準が現在より低く、家庭での教育機会が限られていました。そのため、幼稚園での体系的な教育が特に重要な役割を果たしていたと考えられます。現代では親の教育水準が向上していますが、家庭環境によっては、現在でも幼稚園が知識や社会性を学ぶ場として重要な役割を担っています。

政策的な示唆

現在、日本では少子化対策の一環として、子ども?子育て支援政策が進められています。本研究の結果は、こうした政策が単に保護者の負担を軽減するだけでなく、将来的に社会全体の安全や福祉の向上につながる可能性を示しています。幼児教育への投資は、教育の機会を平等にするだけでなく、長期的に社会の安定や発展にも貢献することが期待されます。

発表者?研究者等情報

  • 東京大学大学院経済学研究科 山口 慎太郎 教授
  • 立教大学経済学部 安藤 道人 教授
  • 専修大学経済学部 森 啓明 准教授

論文情報

  • 雑誌名:Journal of Public Economics
  • 題名:Universal Early Childhood Education and Adolescent Risky Behavior
  • 著者名:Michihito Ando, Hiroaki Mori, and Shintaro Yamaguchi*
  • DOI10.1016/j.jpubeco.2025.105353

研究助成

本研究は、科研費「保育政策が母親の就業とこどもの発達に及ぼす影響(課題番号:16K21743)」、政府間財政移転の計量財政史研究:明治維新以降の長期パネルデータの構築と分析(課題番号:17K03795)、「若年期における健康問題と人的資本形成(課題番号:17K13747)」、「幼児教育?初等教育が生涯に及ぼす影響の評価とそのメカニズムの解明(課題番号:20H01510)」、「社会保障?地方財政の制度導入効果およびその異質性の研究」(課題番号:20K01733)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)非認知能力
感情や行動のコントロール、社会性、忍耐力、協調性、自己制御力など、人生の成功に影響を与えるスキルを指します。これらの能力は、学校教育や家庭環境、社会的な経験を通じて育まれます。近年の研究では、非認知能力が学業成績や職業成功、人間関係の形成において重要な役割を果たすことが示されており、特に幼児期の教育がその発達に大きな影響を与えることが分かっています。本研究では、幼児教育がこの非認知能力を向上させることで、成長後の行動にも良い影響を与える可能性を示唆しています。

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